せいうちセキュリティ

研究論文からサイバー犯罪とセキュリティを考えてみる

【犯罪学シリーズ②】誰が犯罪を行うのか

犯罪学シリーズ第二弾です。参考文献は引き続きこちらの本。

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「誰が犯罪を行うのか?」というのも難しい問いですが、犯罪学で一定の成果が挙げれれている領域でもあります。詳しく見ていきましょう。

 

もくじ

 

男性のほとんどは犯罪を行ったことがある?

「いやいや犯罪なんて俺とは無縁ですよ」と思った方がほとんどかと思います。そりゃそうですよね。法的に秩序が保たれている社会で犯罪を行えば裁判にかけられて刑務所に行くはずです。ですが、犯罪学シリーズ第一弾で言及したとおり、刑事裁判にかけられる犯罪はほんの一握りにしかすぎません。イギリスの研究によると、犯罪者として特定されるのは全犯罪の6%にも満たないとか。したがって、実際にお巡りさんにお世話になったことがない人の中にも、「犯罪行為を行ったことがある」人はたくさんいるということになります。イギリスの非行発達研究によると、なんと男性の94%が「四十代後半までに少なくとも一回の犯罪行為を行ったことがある」と回答しています。なんだが自分の行いを振り返ってドキドキしてきますが、犯罪行為は特定の少数派だけのものではないということなのです。世代によりますが、今の30-40代だと「今思えばあれって違法ダウンロードかもな…」と思い当たる節がある人はかなり多いのではないでしょうか。

たまに聞く「やんちゃしてた」と表現される行為のほぼすべては犯罪行為です。話が少し横道にそれますが、「若いころやんちゃしててね~」と自慢気に昔話をする人が年齢にかかわらずいますが、私はそういう人が大嫌いです。自分の「やんちゃ」という行為で傷ついた人がいることを忘れている愚か者だからです。そういう人が周りにいたら全力で軽蔑していきましょう。

 

年齢犯罪曲線

やんちゃも含めて、犯罪を行ったことがある人のほとんどは、だいたい十代後半とかの思春期にやっちゃってることが多いです。特に男性は、自分の過去を振り返ってみると中高生のときに心当たりがあるのではないでしょうか?これは「年齢犯罪曲線」と言われる犯罪学の大きな発見の一つです。年齢犯罪曲線とはその名の通り「年齢によって犯罪にかかわる可能性が異なる」という普遍的な傾向のことです。人間のほとんどは、思春期から犯罪活動や反社会的行為を起こす可能性が高くなり、十代後半にそのピークを迎えて、そのあとは急速に減少します。この傾向は、文化や人種、性差や時代に左右されないものなので「普遍的知見」と言われます。人類みな、思春期は荒れて、社会人になると落ち着くもんなんですね。

裏を返すと、三十代以降も暴力行為や反社会的行為をとる人は少数派だということです。このあたりは「青年期限定型」と「ライフコース持続型」の説明で詳述します。ただし一つだけ例外があり、ホワイトカラー犯罪に限っては、その性質から初犯が三十代後半~四十代であることが多いです。このあたりの解釈はサイバー犯罪と関連してくるところですね。

ちなみに、犯罪に関しては性差がかなりあります。犯罪の大部分は男性によるもので、女性はごく少数であることがわかっています。女性が行う犯罪行為で一番多いのは詐欺で、全体の4割を占めます。

 

ホワイトカラー犯罪

犯罪の中で異質と言えるものの一つにホワイトカラー犯罪があります。ホワイトカラーという言葉がもはや死語な気もしますが、ここではわかりやすさを重視して従来通りホワイトカラーと呼びます。いわば、知的生産を行っている職業についている人たちによる金銭的利益を目的とした犯罪のことです。会社勤めのサラリーマンによる詐欺行為や法人による粉飾決済などがその例です。

ホワイトカラー犯罪の対極にあるのが「ストリート犯罪」です。窃盗や暴行、器物損壊や不法侵入とかですね。「犯罪」と聞いてまず頭に思い浮かべる犯罪の類です。いわば「警察沙汰になる犯罪」なわけですが、こういった種類の犯罪を行う人は社会的地位が低かったり、貧困層だったりすることが多い傾向にあります。こういったストリート犯罪が被害者にもたらす損害はアメリカで年間約8340億ドル。一方で、ホワイトカラー犯罪は社会的地位が高い人で、収入が高い層で行われることが多く、その被害総額もアメリカだけで年間1.6兆ドルと言われています。ホワイトカラー犯罪のほうが経済的に凶悪と言えます。

しかし、実際に裁判沙汰になったり法執行機関が対応するケースはストリート犯罪が多いんですね。ここが重要で、特定の犯罪の影響が過小評価されているわけです。サイバー犯罪もある種の専門技能を必要とする犯罪行為で、その主たる目的は金銭的利益です。FBIのサイバー犯罪苦情センター(IC3)が発行したレポートによると、2022年のアメリカにおけるサイバー犯罪の想定被害総額はおよそ103億ドルらしいです。飛んでもない数字ですね。サイバー犯罪の社会的影響も間違いなく低く見積もられています。サイバー犯罪者の影響度も同じように過小評価されているでしょう。

 

「青年期限定型」と「ライフコース持続型」

もう一つ、「誰が犯罪が行うのか」を考えるうえで重要な理論があります。デューク大学のテリー・モフィットが提唱した犯罪者の二類型、『青年期限定型』と『ライフコース持続型』です。犯罪者がこの通りに完全に二分化されるわけではないですし、生きている限り犯罪に関わり続ける人間であっても加齢とともに犯罪から離れていく傾向もあります。それでもなお、モフィットのこの二類型は犯罪者の大枠を掴むうえで非常に有益です。

犯罪行為を行う者のほとんどが『青年期限定型』であり、もっとも暴力性や反社会性が顕在化しやすい十代後半をピークとして、その後は犯罪から離脱していきます。それに比べて『ライフコース持続型』は、その名の通り生涯にわたって犯罪を繰り返して生きていきます。つまり、ほとんどの人間が人生のどこかで犯罪行為をしたことがあるものの、ほぼ全員が犯罪から離脱していきます。その中の一握りだけ、ずーっと犯罪と切り離せない生活を行う者がいるということですね。「ライフコース持続型」は少数派ではあるものの、「なぜ犯罪を行うのか」という問いへの答えを探すには絶好の研究対象なので、今でも世間の注目を集めます。しかし、それと同じくらいかそれ以上に、「なぜ犯罪を行わなくなるのか」という問いへの答えも重要です。現代の犯罪学では「犯罪から離脱するのはなぜか」というのも重要なアジェンダになっています。

 

「サイバー犯罪」を行うのは誰か

誰がサイバー犯罪者かを決めるには、何がサイバー犯罪かを決める必要があります。APTを犯罪とみなすのかどうかとか色々ありますが、サイバーハームをもたらすものをすべてサイバー犯罪として考えてみましょう。

まず、サイバー犯罪者と一般犯罪者(≒現実世界で起きる犯罪を行う人)の大きな違いは、そのスキルセットです。不正アクセスやフィッシングなどの詐欺行為を行うには、当然ながら基礎レベル以上のIT知識とハンズオンスキルが必要です。ネットワーク技術だけでも7層ありますし、各層での攻撃手法と対策が異なります。しかもキルチェーン全体で見ると情報収集から目的の達成までに複数の攻撃手法を繰り返し用いるため、自分が手を動かすのであればかなりの腕じゃないと無理です。サイバー犯罪業界も分業制が進んでいるので、犯行の実行者ではなくても犯人になれそうですが、それでも自分がカモられないためにも知識は必要です。まずは犯行実施のための「ITスキル」というハードルがあるので、犯行におよぶ人間は少数派だと言えます。その意味ではSTEM教育のレベルは一つの基準になりそうです。

年齢犯罪曲線がサイバー犯罪にも当てはまるかどうかは不明ですが、おそらくは当てはまらないと思います。サイバー犯罪はストリート犯罪ではないですし、どちらかというとホワイトカラー犯罪に近い条件と動機だからです。また、犯行主体が行為そのものを「犯罪」と認識していない場合が相対的に多いと見られます。APTの場合はそもそも国がその行為を正当化しているし、闇バイトと同じで実行者には詳細が告げられずに、「大丈夫大丈夫!ただのペネトレーションテストだから!」的な感じで伝えられるケースもあるようです。怖えー。国内情勢が不安定な国や、国家作戦領域としてサイバー空間が定義されている国は犯行主体が存在すると考えていいでしょう。

そもそもの立件が難しいために、サイバー犯罪においては主体が誰かという事実をもとにした議論よりも、政治色が強く出ます。また、ストリート犯罪のように公共の福祉や治安の観点で議論されることはほぼありません。しかし、サイバー犯罪でブイブイ言わせているのが投資詐欺やフィッシングなどの手法だということを鑑みると、ゴリゴリのサイバー犯罪者集団という枠だけではなく、法執行機関ときちんと連携して「時代に合わせてデジタル手法を取り入れてきたマフィア」を主体として想定しておくことは重要かと思います。

 

以上、犯罪学シリーズ第二弾でした。最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではまた次回。